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  ・「きみが知らないぼくのこと」の番外編。爽児視点です。


 遅れている数人を待たず、同窓会はほぼ時間通りにはじまった。
 会場はなんということもない居酒屋で、担任が来るわけでもなく、さほどの人数が集まったわけでもない。同窓会というよりも単なる飲み会のようなものだった。だからまあ、先にはじめていたって別に問題ないだろうという話になったのだ。夏はまだ終わっておらず、みんなとにかく喉が渇いていた。結局、それが一番の理由だったと思う。
 一杯目の中生を半分まで飲み、普段からよく遊ぶメンバーや久しぶりに会った友人たちと思い出話で盛り上がっていたとき、個室の障子がすらっと開いた。遅れていた者がやって来たのだということはすぐわかった。サクかもしれない、と反射的に思い、古賀爽児はそちらに目をやった。
「サク」
 その姿を確認し、口元は自然とゆるんだ。習慣だ。軽く手を上げたら、彼も笑った。自分たちにとっては当たり前のやりとりだったが、爽児が彼の名前を呼んだとたん、周囲から驚きの声が上がった。
「うそっ」
 その声を聞いてようやく、そういえばサクはずいぶん変わったんだったと思い出した。
 まるまると太っていたサクが再会したら王子様みたいになっていて、爽児は彼が友人の桜井秋人だということにまったく気がつかなかったのだ。親の離婚のせいで、今彼は椎名という名字になっている。すっかり忘れていたけれど、爽児も変わった彼に慣れるのに少し時間がかかった。中身は変わらないのに、外側は本当に別人みたいになってしまったから。
 仕事帰り、スーツ姿で現れたサクに女の子たちの視線が集中した。入口近くに座っていた小泉紗智が、真っ先に彼の腕を取った。
「サクと小泉、このあと一緒に消えるんじゃねえの?」
 二次会が終わるころ、相変わらず爽児のとなりにいた黒沢がそう言った。
 一次会からサクにくっついて離れなかった小泉紗智が、バーのカウンター席で彼にしなだれかかっていた。爽児はそれを見て、嫉妬よりも強いせつなさを覚えた。
 なんだか、ひとりぼっちで放り出されたような気分になったのだ。小泉紗智がいなかったとしても、ふたりで会っているときのようにはいかないとわかっていたし、それが当たり前だとわかっているのに。
 同じ場所で、離れていることがひどくさみしかった。彼が女の子にべたべたされていたから余計にそれを強く感じたのだろう。飲み会の間、サクは当然爽児に特別な視線を寄こしたりせず、他人のような横顔をしていた。もしかしてこのまま本当に小泉紗智とどこかへ消えてしまうんじゃないだろうかと、爽児は思った。もちろんそんなわけはなく、二次会が終わるとサクはすぐ爽児のもとへ戻ってきたのだけれど。
「一緒に帰ろう」
 となりに並んだ彼にそう言われたとき、爽児はホッとして体中の力を抜いた。そして、となりにいる彼をじっと見つめた。
 背が高くて、美形で、育ちがよくて、すごくやさしい。女の子にもてるのは当たり前だ。だけど、小学校のころは女子にきゃあきゃあ騒がれるような存在ではなかった。もちろん好かれてはいたけれど、恋愛の対象ではなかったのだ。中身はちっとも変わらないのに。
(子どものときは太ってたもんな)
 爽児は話の合間にちらちらとサクを見上げ、昔のまるかった彼を頭に思い浮かべた。ふたりで一緒に見た卒業アルバムの中の彼と、今の彼を比べて見る。
 劇的な変身だ。
 だけど、爽児にとってはどちらでも別に変わりない。むしろ、こんな心配をしなければならないなら、昔のままでいてくれた方がずっとよかった。



***



 その写真を見たとき、爽児は意味がわからなくなってまばたきを数秒忘れてしまった。
 写真というか、サムネイルだ。
 携帯電話の中に蓄積されたいくつものサムネイルの中に、よく知った顔が不自然にまじっていた。そんな小さな集合体の中から、このどんくさい自分がよくも見つけられたものだと思う。
 同僚の鈴木直哉の携帯の中に、サクの顔があった。
 運転しているところを、助手席から撮った写真のようだった。
 なんで、鈴木くんと車に?
 ふたりの接点は思い浮かばなかった。鈴木に訊ねてみたが、話はなんとなくそらされ、追及もできず、くわしいことは結局わからなかった。
 たぶん、長野に行ったときの写真じゃないかな、と爽児は思った。最近の写真のようだったし、背景は夜のように見えた。ここ何週間かの間、サクが自分の車でどこかに出かけたのは、爽児の知る限り実家へ帰ったときだけだった。
 これまで同僚としか思っていなかった鈴木の横顔を、爽児は改めてじっと見つめた。彼を子どもっぽく見せていた猫みたいな目に、その日は妙な色香が漂っているように感じられた。もしかして、と思ってしまった。
 どうかしている。男まで疑うなんて。
 自分の心の弱さと嫉妬深さに驚いた。
 もやもやと疑って悩むくせに、真実を知るのがこわかった。サクに訊ねて、もしも「鈴木くんと一緒に長野に行った」という答えが返ってきたら? 「爽ちゃんを連れてきたらよかった」と電話で彼が言ってくれたとき、すごくうれしかったのに、あれもたいした意味のない言葉だったのだとしたら?
 疑念はどんどんと膨らみ、新たな不安を呼び寄せた。
 もしも「友だちに戻ろう」と言われたら、おれはいいよと答えられるだろうか?
 無理だ、こんなに好きなのに。元になんて戻れるわけがない。
 考え出したら止まらなかった。
 様子が変だと気づかってくれるサクに「変じゃない」と答えながら、まったく繕えていない自分に気づいていた。サクの心配は少しずれていた。彼は爽児が飯島とのことを気にしていると誤解したのだ。それはもうすっかり落ちついていたというのに。
 彼女と昔つきあっていたんだっけ、と思い出したらまた胸がざわめいた。
 サクがいい男になってしまったから、あれもこれも心配になってしまうのだ。
 ようやく自分の不安を告げたらサクは「そんな必要ない」と言った。
 好きだと言われて心は一気にあたたかく浮き上がった。そして、
(恥ずかしいことをしてしまった……)
 泥のように眠った翌朝、覚醒した爽児は ベッドの中で頬を熱くした。
 サクのベッドの中である。となりでは、彼がまだ眠っている。
 昨日の夜はなんだかかあっとなって、電気も消さず、ソファの上で彼に迫ってしまった。好きだと言われてもまだ少し不安だったのだ。たぶん、サクは自分のものだと実感したかったのだと思う。
 痕をつけていいかと言われて、とっさに「駄目」だと爽児は答えた。そのせいでサクは体に痕を残さなかった。だけど本当は、吸われてもかまわなかった。もう一度訊ねられたら、きっとうなずいていただろう。本当は、誰かに見られる痕がついてもいいと思った。そして自分も彼に痕跡を残したかった。
(……できなかったけど)
 ふ、と息を漏らし、爽児はとなりのサクを見つめる。目が離せなくなるほど整っている。きれいな寝顔だ。非の打ちどころがない。指ですくった前髪はさらさら。
 爽児はそうっと起き上がり、彼の頬に唇を近づけた。キスしようとして、やっぱりやめる。かわりに、肩口に唇を押し当て、吸ってみた。
 強めに吸い、ゆっくりとゆるめ、離れたら、なめらかな肌に小さな赤い鬱血ができていた。自分のつけたその痕を見たら、頬がわっと熱くなった。
(こんな感じかあ)
 痕を残したがるサクの気持ちが、少しわかった。不思議な高揚感が湧きあがり、じんわりと体温が上がってゆく。たったこれだけのことなのに、自分のものにした、という感じがする。
 こんなことをしなければまだ「自分のものにした」と思えないなんて、我ながらどうしようもない。自信がないにもほどがある。だけど、仕方ないのだ。サクと自分はあまりにもつりあっていないから。
 昨日、シャワーを浴びたあと、爽児はようやくサクに鈴木のことを訊ねた。サクは覚えがないと答え、彼の叔父の大島が撮って鈴木に送ったのではないかと言った。大島と鈴木がメールのやりとりをする仲だというのはピンとこなかったが、サクに覚えがないというのは本当だろう。
 小泉紗智のような女の子だとか、昔の彼女の飯島だとか、なぜか写真を持っていた鈴木だとか、爽児をもやもやさせるものはいくつも転がっているけれど、自分がサクに大事にされていることだけは確かなのだ。
 座り込んで膝を抱え、サクの寝顔をじっと見つめる。ベッドが少し揺れ、しっかりと閉じていたサクの睫毛がかすかにひくついた。どき、と爽児の胸が高鳴る。なんだかとてもやましいことをしてしまったときのように。
「……爽ちゃん?」
 うっすらと瞼が開く。まだ寝ぼけている顔だ。彼の手が布団の中からにゅっと伸び、爽児の腕を強くつかんだ。そして爽児は彼の方へと引き寄せられた。
「まだ、寝てよ……」
 甘えるような声だ。最近、サクのそういう声やしぐさをよく見るようになった。普段は余裕たっぷりの彼が、子どもみたいに自分に甘える。昨日の夜もそうだった。あたたかい体がもたれかかってきたとき、爽児は思わず微笑んだ。そうやって甘えられるのが、爽児はとても好きなのだ。必要とされている気がして、うれしい。
 引っぱられるままとなりに寝そべり、体を抱かれて、爽児は昨夜と同じように笑った。ふうっと吐息を漏らすように。
「うん、寝てよう」
 囁き、背中を抱き返す。そして軽く首を伸ばし、さっき自分がつけた痕に口づけた。
 そこに赤い鬱血のあることを知らないサクは、くすぐったそうに喉を鳴らした。




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